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カメの話 [小話(こばなし)]

おおい亀がくるぞ~

啓太と太一は浜にカメを見に行った

全長は10kmにもなる宇宙からきた「何か」

いつからか人はカメと呼んでいる



海に浮かぶ巨大な亀に似た何かなので

自然にカメと呼ぶようになったのだろう



巨大なカメがぷかぷかと日本列島を通り過ぎる

興味があるのかたくさんの鳥や魚、イルカやクジラがついてまわり

なにをするでもなく

海の上をぷかぷかと泳いでいる



なぜか近づけず

話も一切成立しない

人工物なのか生物なのかも人の科学では判らない



それでも領海内に近づくと競ってカメとの接触を持とうとしたが

一切が無駄に終わった

とくに良い影響もなく悪い物質をだすでもなく

ぷかぷかと泳ぐのみである

そして時が過ぎ

カメが来て100年を越えて

いつしかカメは当たり前のモノになった

空気が良くなり

星がよく見えるようになったある夜



カメはプカリと空に上がり

宇宙に帰っていった



浦島という日本人がカメに乗れたという噂が立ったが

ほどなく冗談だとわかり

浦島太郎という童話が世界的にメジャーになった





なにか一点違うものを割り込ませるんだよ

それだけで変わることもあるんだ そんな話を誰かがしていた



地球の緑の。3「カメの話」 -了-


 [小話(こばなし)]

フック船長の昔から研究されていた義手は21世紀の中頃に一応の完成をみた

いわゆるロボット義手
触覚それに痛覚をも持ち合わせた人工の手
手術の必要もなく体に軽くつけるだけで普通の手と同じように機能する逸品である

で、この人工の手が出来てからこんな事が起こった

忙しい時は猫の手も借りたいと言うが
普通の人も忙しい時はこの人工の手をつけた 
曰く「何事も馴れ」
ツワモノは4本の人工の手をつけ計6本阿修羅のごとく仕事に励んだ
共通しての感想はなんとなく頭が良くなった気がする。。。

ペンフィールドのホムンクルスと呼ばれるモノがある
手からの刺激と脳の発達の説明によく使われる絵や立体で
要は手があるから脳が発達したという説明に多く使われるモノである
えっへん

学者のサガというよりむしろ自然な流れとして犬や馬
ついでに猫にもこの人工の手をつける実験が開始された
人工の手を持った彼らがどう変化するのか?

むしろ人工の手に参入する企業が多くなり値段が安くなったので
みんなが面白がってペットの犬や猫につけるのが流行った
仔犬や仔猫の時期からつけているとどうなるんだろう?
これやってる人多かった




そして3000万年後


私はポチ、考古学者で神話も好きな柴犬である
遺跡を掘り返してみると良く分かるのだが
我々に「手」を与えた最初の知と呼ばれる種族は驚くべき事に後ろ足だけで歩き
前足は長年の進化によって「手」と同じ働きをしたらしい
むしろ「手」の雛形は最初の知の前足と言えるようだ

猫族の整体士タマちゃんとの酒飲み話でこんな話があった
足が4本に背骨に頭と言う意味での基礎的な骨格として我々と大差がない最初の知が後ろ足だけで歩いたとすれば
腰に相当の負担がくるハズだそうで「痛めると相当痛いよ~」との事
最初の知には最初の知なりの苦労があったのかなぁ などという話で盛り上がった

私は思うのである
そのうち実用化されるタイムマシンに乗る事があったら
私たちに「手」をもたらした種族へのせめてものお礼として
私は最初の知の腰をもんであげたい



--
追記 それっぽい発明が出来たみたいです「第三の手」
 http://www.j-tokkyo.com/2008/09/09/9953.html

竜に関するエトセトラ [小話(こばなし)]

原稿用紙10枚越え小話「竜に関するエトセトラ」


信州の小諸めがけての第一回目
たしか、知り合いの就職が決まった後だったように思う
知り合いのカローラで関越道をひたすら北へ
奇天烈な妙義山には驚いたものだし
小諸での大雨には参ったものだ

小諸から足を伸ばして見に行ったミニ五稜郭
★型の城は銃を使った防御というべき物だったらしく
星の形だと城壁に取り付いた敵兵を城から狙撃しやすいとの事
西洋の築城術で知ったのはずっと後になってから
形だけみるとオカルトな感想を持つのが普通
しかし、あの小ささでは殿様の道楽か
幕末、大砲の試し撃ちもしてたと言うから殿様マジだったかもしれん
戦国以来の大乱世に殿様はなにを思ったろう
なにはともあれ今は小学校が上に建ってる

小諸には3回行っている
昔から竜を小諸では小諸ドラゴンといって
人々はひどく恐れたそうで確かに体長7mともなるかの竜なら、
「食われる!」と思うのもおかしくない
犬よりも賢くていい奴らなんだが迷信の害のひとつと言えるだろう。
お手もするんだよ。

竜といえば私もむかし八王子の大丸の屋上のペット売り場で買ってもらって
ラッキーとのんきーとなずけたものだ
ラッキーが♂のんきーが♀
男は剣をもち女は十字架をもつのだろうか
幸運と呑気。こういうことを考える人は結構深刻なのが通例
当時小2の私も黒板係として一人深刻だった
「おまえらも係なんだしやれよ(泣 」と言う話

竜の話か
結局、カゴを開けて逃げ出したんだが
どこへ行ったか
幸運と呑気。
のら竜となって小諸に流れていったのかもしれない
かの地に伝説にある布切れ、あれを角につけて善光寺まで行った竜が
ラッキーとのんきーの内の一頭だったとすると
ユーラシア大陸、中華にて覇王項羽相手に百戦百敗。
最後に一勝した竜がもう一頭であろう
片方は角に布を引っ掛けて善光寺まで行き竜に引かれて善光寺と名を残し
片方は漢王朝の高祖となりぬ、功臣達を粛清する自分に何を見たか
布をつけて寺まで行った竜と中華の帝王になった竜
どちらの人生が幸福なのだろう、そんな事をふと考える夜もある

竜の逃げたカゴはしばらく野ざらしとなり、後にごみとして捨てられた
捨てられたが消滅の憂き目に遭うほどに
わが国のゴミに対する科学技術は進んでないのが現状であるから
かつて夢の島と謳われた臨海副都心の基底を支えているはずだ

今までに私の人生に関わったすべての物は消滅することもなく
姿形を変えながらこの地球に厳として存在しているのだろうか
昨日のうんこはどこまで流れて行ったことか
一昨日のうんこはどこまで流れて行ったことか。
大気圏を脱出できた物で私に関わったものは無いだろうか
直接は無さそうだが間接になら一つある
火星と木星の間にある小惑星帯アステロイドベルト。
そこの岩石を採集しようと考えたのが日本の宇宙事業団
小惑星に大砲を打ち込んで、その粉々になった飛まつを取って帰る
そんなちょっと回りくどい計画があった
戦後すぐの弾丸列車と同じくらいの回りくどさがいい感じだが
その弾丸に私の名前が刻んである
父と母と私。他にも数十万の人々の名前
嫁いだ妹は今回はパス
将来、宇宙のジャンク屋の庭先に転がっているかもしれない

てゆーか、
4000文字て確かにきついな
全人生を語る羽目に陥りそうだ
プロットというのが世の中にあるそうだが
私はいまだそれを書いたことがない(ぁ

竜の話だった
高村女史に言わせると
竜は眠るという
今は24時09分
私もそろそろ眠ると明日の朝日を拝めていいのだが
目が冴えてるし、明日はいいか
朝日を呑みこむのは実に気分のいいもので
朝のパワーをもらう感じで大好きだ
もっとも宇宙から恒星がひとつ失われるわけで
マクロな視野で言うと良い事なのかは意見の分かれる話だろう

竜はおこたの中で眠るのが好きだ
あごの下を掻いてやると非常によろこぶも
逆鱗にふれる場合があるので注意を要する
居心地のいい場所を探す名人とも言えるので
寒い私の部屋にはあまり来ない

丹沢山塊の麓、秦野市からもらってきたのだが
色が実に面白い白で白ウサギのような輝きを見せる
親馬鹿の見本かもしれないが
太古。月の文明を滅ぼした竜とはあれのことかもしれぬ
今では火星の人面岩のみが知る話だと言うが
人類が火星に行く景気のいい話はもうちょい先だろう
だが、しかし
お堀の人面魚だって見てたかもしれず
ならば人面犬も見ているだろう
調べると月文明の滅亡について色々出てくるかもしれない

かつて月文明の者も、おこたで寝ている竜のあごの下を掻いてやっていたのだろう
逆鱗には気をつけることである
いくら親しくしていても踏み込んではならない領域がある事を知ることだ
それはあたかも私の音楽をいいんじゃないのとした知り合いであるし
悩める知り合いにむちゃな回答を示した私の姿と重なることだ

私の知る竜にまつわる幾つかをこうして書いてみると
過ぎ去った昔日の竜たちを思い出さずには居られない
彼らは決して私のアゴの一点には触れようとしない者たちだった
彼らの出したうんこはどこを流れているのか
ガンダーラの学僧から生々流転という言葉を借りれば
あるいは明日会う女の子の髪の一筋になっているかもしれない
宇宙開発事業団が小惑星に打ち込んだ弾丸
それに竜たちの名前を刻んでおくのだったと今思う
話が収束に向かいつつあるのだが、いまだ2663文字に過ぎない
万里の道も一歩からと思い始めた4000文字マラソン
まだ半分である
燃える闘魂の元、若き日の藤波辰巳は
アイネバーギブアップと言ったが
今夜の私はギブアップ

2722文字は敗北であるかもしれない
でも楽しかったし、まーいっかという方向



1時35分
ウイスキーより焼酎が好き

コンタクト [小話(こばなし)]

今から数年後
多言語翻訳掲示板にて起こったお話

多言語翻訳掲示板は
それぞれ自分の使える言葉で書き込むと
読む人は自分の読める言葉で読める掲示板
簡単にいうと世界中の人々と盛り上がれる訳である

様々な話題で盛り上がり衆痴や衆恥
それに衆知もあつまる場所である
もっとも本名をさらすので書き込みには勇気が必要。
各々の翻訳辞書は参加者が作るので多少の誤差を交えつつも
ほとんど間違いのない辞書が高速で出来上がって行った

各々のガソリンの値段を比べたり
珍しい郷土料理の自慢から商取引がはじまったり
逮捕覚悟での誹謗中傷などをまじえ
国際結婚が激増したりしつつ色々してる中で

書き込みしてる人々の中に妙な連中が混じってるのが分かり始めてきた

最初に気づいたのはアメリカ合衆国
2ヶ月を経て住民の間で話題になり

さらに2ヶ月

彼らはそろって正体を明かした
異星の知的生命体である
その数、十数種
世界中の人間が見られる場所で接触するのを待っていたとの事
あっけにとられる人々で静まり返る中で
幸島に住む女の子が口火をきった
「こんにちわ」

以後 熱狂と歓喜の中で怒涛のごとく会話が繰り広げられ
人類は数年間を酩酊の中で過ごし
いろんな事が終わり
いろんな事が始まった

ただ、異星の人々も近くて数十光年の距離を克服する術を持たず
会う事などはかなわぬ夢であり
私たちは触れ合えない
今日もネットでお互いの星の愚痴を言い合うだけである。






そんなある日



「不可能じゃないわ」というトピが立ち
驚くべき技術の数々が掲示板に展開され始めた
百花繚乱、狂喜に乱舞、神様がいた(感涙


恒星間移動の可能な宇宙船の開発が始まったのはその後である


もっともその技術を開示してくれた人々も
どっかの誰かからのまた聞きのようなモノで
オリジナルの技術にみんなで付け足して今のレベルにもっていったそうで
人類も何か思いついたら付け足して欲しいとの事である


こうして人類はなんとなく宇宙の体系に組み込まれてしまった。


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流行りのネタはすぐ色褪せますね(汗


歩き方入門 [小話(こばなし)]

歩き方にはこだわりがある

説明しよう
 モモを高く上げて歩く
 地面を蹴るように歩く
 蹴るように歩く時に親指に力をこめる
 これを全部やると歩いているのか走っているのかが微妙になる
 走る時に使う動作を分解して
 1つか2つを歩くに組み込むと途端に早く歩ける訳だ
 疲れたら他に切り替えれば長く早く歩ける
説明終わり。



前に3人
 あの登り坂で抜こう
  坂でも速度が落ちない歩き方がいい
  
 抜いた
    抜いた

  抜いた 

       抜かれた え!

 俺が抜かれる?

「よ!いい歩き方してるな!」
「多少の工夫はしてるが、それより俺を抜くな(笑)」
「あはは、俺はナオよろしくな!」
歩きのライバルにして友人が出来た日だった


街を歩く。
普通の歩き方の奴を見ていくと透明になっていき
いい歩きをしている奴だけが際立って見えてくる
ゾーンて奴の一種

 あの人は武術で関係ない
      マラソンマンもジャンルが違う

 あんまり居ないもんだなあ
    あの爺さんは変かもしれん
   抜いてみるか 
       。。。。。抜けない! よくわからん!
 
どこまでいっても距離が縮まらず広がりもしないで5km
訳がわからない俺にいつの間にか立ち止まってた爺さん
「若いの、それじゃダメだ踵の使い方ができてない」
こうしてこうしてと踵の使い方を教わった
「ありがとうございました(ぺこり」
世の中には師匠が多い。


芸人さんが水に浮かべたゴザの上を駆けてるテレビがあった。
負けるわけにはいかん
ライバルにして友人のナオと2人
「新木場の職人さんたちは海に浮いた材木の上で歩く
 材木でできるなら割り箸でもできる、それなら木の葉でも可能だろ?」
「むろんだ」
二人して近所の公園の池で水に浮かべた木の葉の上を歩く練習をしていると
カラスが小馬鹿にしたように真似し始め、しかも結構上手い
天狗の使いかよ なんて言いながら一緒に練習して
10日かかって木の葉の上なら水面を歩けるようになった
直接水面だと難しく
いかに体重をごまかすかで四苦八苦
1ヶ月かかった

「壁を歩こう」
「おう」
岩山を登る山羊のイメージでポンコポンコと半日で登れた
「ちょろかった」
「あはは」


次は空。
「隊列を組んで飛んでいる渡り鳥の上を歩いて渡る事で空を歩ける」
「雛の時から渡り鳥を育てておけば親と思うので楽勝」
仮説は仮説として
渡り鳥の雛をどこからもらってくるかが判らなくてこの計画は頓挫

円を描きながら激しく足を動かすことで竜巻を作って歩ける可能性も高いが
これは歩くというより走るになるので嫌だからやらない
「やはりこだわりだよな」
「あたりまえだ(笑」

3月も後半である
次は3年で受験だが歩きの方が重要なので無視
たぶんどっかに入れるだろう気にしない


空は試行錯誤の連続でなかなか歩くことが出来ない
何しろ空気は頼りない
つむじ風ばかり起こす自分に嫌になっていた

そんなある日
風に舞う桜の花びらから花びらへと歩きながら空を登る人を見た
なるほど、そんな大胆なアプローチがあったのか
応用出来れば黄砂や花粉の季節はそれを踏むことで空が歩けるはずである
雪や雨の水滴の上を歩く踏むこともできる気がする
いや、桜の花びらのあるうちに練習するのが先!

さっきの人を分析するに
風が来たところへ歩きでもってさらに風を作って
その風で舞い上がる花びらに乗って歩き
花びらの上でさらに風を作って上へ歩いていけてる訳である
うまく行けば数枚の花びらで空を歩き続ける事ができる
しかも全部無意識のうちにやってるな
何年かかるか見当もつかん

上には上がいる、それもゴロゴロしている
まだ入門編のような場所を歩いている俺なのだ

最終的には極めたあと全部忘れちゃうんだろうなと思うが
これは中島敦の受け売りで本当かどうかはわからない(笑




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